【連載】学生のためのコーチング入門 第6回 「自信がない」の分解


苫米地式コーチング認定コーチの萩原崇です。

前回は、「性格」と呼ばれているものの正体がブリーフシステムであり、それを日々書き込んでいるのが1日数万回のセルフトークだ、という話をしました。

心は言葉でできている。だから言葉で作り直せる、というのが結論でした。

今回はその応用編として、「自信」を扱います。試合の前、面接の前、発表の前。「自信を持て」と言われた経験は誰にでもあると思います。そして、そう言われても、持てた試しがないことも。

「自信を持て」が役に立たない理由

「自信を持て」という助言が効かない理由のひとつは、「自信」という言葉が2つの別物をひとまとめにしているからだと私は考えています。

コーチングでは、この2つをはっきり区別します。エフィカシーセルフ・エスティームです。結論を先に言うと、片方は他人に左右され、自分では動かしにくいもの。もう片方は、完全に自分で決められるものです。この仕分けができるだけで、「自信がない」という悩みはかなり整理されます。

エフィカシー:「未来」に対する自己評価

まず、コーチングの中心概念であるエフィカシーです。

エフィカシーとは「ゴールを達成する自己の能力の自己評価」のことです。これ以外の定義はありません。
——苫米地英人『コーポレートコーチング(上)』

短い定義ですが、大事な要素が2つ入っています。

ひとつは、ゴールとセットの概念だということです。漠然と「自分はすごい」と思うことではありません。第1回から見てきた、自分で設定したゴール。それを「達成できる」という評価がエフィカシーです。ゴールがなければ、エフィカシーはそもそも定義できません。

もうひとつは、自己評価だということです。他人がどう評価するかは、定義に一切入っていません。しかも、口先で「できる」と唱えることではなく、無意識のレベルで心の底からそう思えていることが条件とされます(『夢をかなえるPX2完全マスター』)。

なぜエフィカシーがそれほど重要なのでしょうか。第3回の話とつながります。

「自分には行動力と発想力がある!」という高いエフィカシーを持つのと、「自分には行動力も発想力もない」という低いエフィカシーを持つのとでは、実際には同じ能力でも、パフォーマンスには大きな差が出る。エフィカシーによってホメオスタシスの働き方が変わるからだ。
——苫米地英人『苫米地英人大全1 成功への思考法』

第3回で、ホメオスタシスは「いつもの自分」を保とうとする、という話をしました。その「いつもの自分」の水準を決めているのがエフィカシーです。「このくらいできるのが自分」という自己評価が高ければ、ホメオスタシスはその水準を保つ方向、つまりゴール側に働きます。第3回の最後に「敵に見えた仕組みが最強の味方になる」と書いたのは、この転換のことです。

セルフ・エスティーム:「過去と現在」に対する評価

もうひとつの「自信」が、セルフ・エスティームです。『まずは親を超えなさい!』では、エフィカシーが「自分の能力に対する自己評価」であるのに対し、セルフ・エスティームは「自分のポジションに対する自己評価」だと区別されています。

ポジションとは、社会の中での自分の位置のことです。学年順位、模試の判定、レギュラーか補欠か、どの学校に通っているか。よく見ると、これらはすべて「これまでの結果」、つまり過去と現在の話です。

ここで、学生のみなさんに気づいてほしいことがあります。学校生活は、セルフ・エスティームの材料で埋め尽くされている、ということです。テストの点数も偏差値も順位も、全部ポジションの指標です。そして苫米地博士は、ここに根深い問題を指摘しています。

親や学校教育は、成績や偏差値があなたのエフィカシー(ゴール達成能力の自己評価)であると思い込ませ、「この成績で入れる大学はここ」「入れる会社はここ」と、常に現状の中にある可能性から自分の道を選ぶように仕向けてきました。
——苫米地英人『明日から別人、周りの環境も変わる 性格改善のヒント』

本来、偏差値は「過去の試験の結果」というポジションの話にすぎません。ところが私たちは、それを「自分の未来の可能性の評価」だと思い込むように育てられている。エスティームの指標を、エフィカシーの席に座らせてしまっているわけです。

思い出してください。第1回で紹介した私の話は、まさにこの取り違えを(当時は無自覚に)拒否した例でした。偏差値50は過去の結果であって、東大に合格する能力の評価ではない。いま振り返れば、そう仕分けていたことになります。

SNSと「他人の目」は、どちらの話か

この区別は、SNS時代にはさらに重要になっていると私は思います。

フォロワーの数、いいねの数、返信の早さ、教室やグループ内での立ち位置、陰で何と言われているか。これらが気になるのは自然なことですが、仕分けをすれば、すべてセルフ・エスティーム側、つまり「社会の中でのポジション」の話です。あなたのゴールを達成する能力の話は、そこにひとつも含まれていません。

さらに言えば、他人の評価には原理的な限界があります。

「あなたに何かを言う相手は、昨日までのあなたの過去にもとづいて話をしているのだ」ということです。
——苫米地英人『「頭のゴミ」を捨てれば、脳は一瞬で目覚める!』

他人が知っているのは、あなたの過去だけです。友達も、先生も、SNSの向こう側の誰かも、あなたの「これまで」を見て話しています。しかし、エフィカシーは未来のゴールに対する評価です。あなたがこれからどこへ向かうかは、あなたの中にしかない情報であり、他人には原理的に評価のしようがないのです。

だからコーチングでは、エフィカシーは自己評価だと繰り返し強調します。他人の評価で上下させる必要が、そもそもない。むしろ、注意すべきは他人よりも自分自身です。第5回で見たとおり、「どうせ自分なんて」というセルフトークこそが、最も身近なところでエフィカシーを削っていきます。苫米地博士は「最大のドリームキラーは過去の自分自身」だとまで言っています(『苫米地英人大全1 成功への思考法』)。

「根拠のない自信」ではなく、根拠の置き場所が違う

エフィカシーは、「根拠のない自信」と紹介されることがあります。間違いではないのですが、少し正確さを欠く言い方だと私は思っています。

第1回の定義を思い出してください。ゴールは現状の外に置くのでした。現状の外である以上、「これまでの実績」という意味での根拠は、原理的に存在しません。根拠を過去に求めるのがセルフ・エスティーム型の自信、評価の基準を未来のゴールに置くのがエフィカシーです。つまり、根拠が「ない」のではなく、根拠の置き場所が過去ではなく未来にある、ということです。

なお、苫米地博士は近年の著書で、セルフ・エスティームの側にも新しい役割を与えています。

エスティームの新しい定義とは自分の社会的地位を誇るのではなく、「自分のゴールの凄さを自ら誇る」というものです。
——苫米地英人『オーセンティック・コーチング』

社会でのポジションではなく、自分の掲げたゴールの大きさを誇る。そうすればエスティームもエフィカシーを支える側に回る、という整理です。2つの「自信」は、ゴールの下でひとつにつながるのです。

仕分けから始める

まとめます。「自信がない」と感じたら、まずどちらの話かを仕分けしてみてください。

順位が下がった、選ばれなかった、いいねが付かなかった。それはポジション(過去と現在)の話です。落ち込むのは自然ですが、あなたの未来の評価とは別勘定です。一方、エフィカシーは未来のゴールに対する自己評価であり、他人の手が届かない場所にあります。ここだけは、誰に何を言われようと、自分で決めていい。

ただし、お気づきのとおり、この話には前提がひとつあります。ゴールです。エフィカシーはゴールなしには定義できません。「自分で設定した、現状の外のゴール」があって初めて、この自己評価は動き出します。

そこで次回は、いよいよ連載の最初の問いに答えます。現状の外は見えないはずなのに、ゴールはどうやって見つけるのか。「職業名で答えなくていい」という話から始めます。

エフィカシーは「自分が設定したゴールを達成する自己能力の自己評価」のこと