【連載】学生のためのコーチング入門 第2回 「やりたいこと」が見えないのは、脳のせい

苫米地式コーチング認定コーチの萩原崇です。

前回は、「将来の夢」の多くが親や先生、メディアから受け取った言葉でできていること、そしてコーチングではゴールを「現状の外」に自分で置く、という話をしました。その上で、ひとつの矛盾が残りました。ゴールは現状の外に置くべきなのに、人間には現状の外が見えない、という矛盾です。

今回はその「見えない」の正体を扱います。やりたいことを探しても見つからない。将来の夢と言われてもピンとこない。もしそうだとしても、それはあなたの能力や真剣さの問題ではありません。脳の、ごく正常な仕組みの結果です。

まず、実験してみましょう

紙とペンはご用意いただけたでしょうか。簡単な実験から始めます。

腕時計を持っている方は、その腕時計を「見ないで」、文字盤のデザインを思い出して描いてみてください。数字はアラビア数字だったかローマ数字だったか、目盛りはどんな形か、ブランド名はどこに入っていたか。腕時計を使っていない方は、毎日通っている自宅の玄関のドアでかまいません。鍵穴の位置、ノブの形、表札の位置を思い出して描いてみてください。

描き終わったら、実物と見比べてみましょう。

毎日見ているはずなのに、細部がいくつも違っていた、という方が多いのではないでしょうか。私も自分の時計でやってみて、数字の書体をまったく思い出せませんでした。これは記憶力の問題ではありません。そもそも「見ていなかった」のです。

スコトマ:見ているはずなのに、見えていない

苫米地英人博士は、この現象を次のように説明しています。

見ているはずなのに見えていないことを「スコトーマ(Scotoma)」といいます。スコトーマとは盲点を意味するギリシャ語です。「心理的な盲点」と解釈してください。脳は自分にとって重要でないことを、意識から抜き落としてしまうのです。
——苫米地英人『世界一簡単に目標がかなう 成功脳の作り方』

スコトマはもともと眼科の用語ですが、コーチングでは視覚に限らず、聴覚や触覚も含めた「認識の盲点」を指します。

時計を見るとき、私たちにとって重要なのは「いま何時か」です。だから脳は針の位置だけに焦点を合わせ(ロックオン)、文字盤のデザインを意識から外します(ロックアウト)。毎日視界には入っているのに、認識には上がっていない。「見ているはずなのに見えていない」とは、そういう意味です。

RAS:脳に住んでいる「有能な秘書」

なぜ脳は、こんな手抜きをするのでしょうか。

脳は大量のエネルギーを使う器官です。『ビジネス成功脳スピード構築』では、脳の神経回路をフル回転させたときに必要な電力を計算すると原子力発電所1個分にもなる、という試算が紹介されています。入ってくる情報をすべて処理していたら、体がもちません。だから脳には、情報を選別するフィルターが備わっています。

このフィルターの働きを担うのが、RAS(ラス/網様体賦活系)と呼ばれる脳の活性化ネットワークです。RASは毎秒、五感から入ってくる大量の情報のうち「どれを意識に上げるか」を決めています(『まずは親を超えなさい!』)。

RASの働きは、日常のあちこちで体感できます。

たとえば、ざわざわしたパーティー会場や教室でも、目の前の相手の声だけはちゃんと聞こえます。物理的な音量では、すぐ隣で別の話をしているグループの声のほうがずっと大きいのに、です。カクテルパーティー効果と呼ばれる現象で、脳が「いま重要でない音」を意識から外しているために起こります。

もうひとつ例を挙げると、赤ちゃんと昼寝をしているお母さんは、上空を飛ぶジェット機の轟音では起きないのに、赤ちゃんの小さな咳ではぱっと目を覚まします。興味深いことに、同じ部屋のお父さんは起きないことが多い。「赤ちゃんの世話は自分の役割だ」という意識の違いが、RASの選別基準を変えているのです(『ビジネス成功脳スピード構築』)。

コーチングの祖であるルー・タイス氏は、RASを「有能な秘書」にたとえました。不要な郵便物を全部より分けて、ボスのデスクには必要なものだけを届けてくれる秘書です(『まずは親を超えなさい!』)。RASもスコトマも、故障ではありません。むしろ私たちが勉強や会話に集中できるのは、この秘書のおかげです。

その秘書に指示を出しているのは、誰か

ここで、前回の話とつながります。有能な秘書は、何を基準に「重要なもの」を選んでいるのでしょうか。

つまり、私たちが見るものは、指向性マイクと画角の狭いビデオカメラによってとらえられる映像みたいなものであり、その映像を撮るディレクターは誰かといえば昨日までの自分であるということです。
——苫米地英人『まずは親を超えなさい!』

基準は、昨日までの自分が「重要だ」と判断してきたものです。そして前回見たように、その判断基準そのものが、親や先生やメディアから受け取った言葉で作られています。つまり、いまあなたに見えている世界は、世界そのものではなく、過去の自分(とその周りの人たち)が選んだダイジェスト版なのです。

逆に、重要度が変わると、見える世界は驚くほど簡単に変わります。新しいスマホを買おうと決めた途端、街で同じ機種を持つ人ばかり目につくようになった、という経験はないでしょうか。世界にその機種が増えたわけではありません。あなたの中の重要度が変わり、秘書が通す情報が変わっただけです。

「見つからない」のは、探し方の問題ではない

以上を踏まえると、「やりたいことが見つからない」の構造が見えてきます。

RASは、今の自分にとって重要なものだけを通します。ということは、探し物を「今の自分の重要度の中」でどれだけ探しても、そこに現状の外のゴールはない、ということになります。見つからないのは当然で、脳が正常に働いている証拠とさえ言えるのです。

だとすると、打つ手はひとつです。探す場所を変えるのではなく、「何を重要と思うか」の側を変えること。それができたとき、スコトマが外れて、いままで素通りしていた情報が見え始めます。その具体的な方法は、この連載の第7回でゴールの見つけ方としてお話しします。

その前に、確認しておくべき仕組みがもうひとつあります。見える・見えないの問題をクリアしても、人間には「変わろうとしても元に戻される」という、もうひとつの強力な仕組みが備わっているからです。新学期に立てた計画が三日坊主で終わるのは、意志が弱いからではありません。

次回は、この「元に戻す力」、ホメオスタシスとコンフォートゾーンを扱います。

私達は、自分が重要だと思っていることしか認識できない