【連載】学生のためのコーチング入門 第8回(最終回) 「ふつう」じゃなくていい

苫米地式コーチング認定コーチの萩原崇です。

前回までで、この連載の理論パートは一通り完結しました。

ゴールは自分で決める。職業名でなくていい。ぼんやりでいい。複数でいい。何度変えてもいい。

最終回の今回は、連載全体をもう一段高いところから眺めます。キーワードは「ふつう」です。

「彼はノーマルじゃない。だから好きだ」

コーチングの祖ルー・タイス氏は、苫米地博士を海外の要人に紹介するとき、決まってこう言ったそうです。「この人は not normal だ(普通じゃない)」と。

日本の感覚では、ほとんど悪口です。しかし、ルー・タイス氏にとってこれは最大級の褒め言葉でした。苫米地博士は著書でこう説明しています。

“not normal”とは、正常の埒外、すなわち現状の外にあることを意味します。
——苫米地英人『201冊目で私が一番伝えたかったこと』

この連載を第1回から読んでくださった方には、この一言の重みが伝わると思います。ゴールは現状の外に置くのでした。つまり「普通じゃない」とは、現状の外を生きているということ。コーチングの理論では、これ以上ない賛辞なのです。

同じ本で苫米地博士は、逆のことも言っています。人から「ノーマルだ」と言われるようなら、自分のゴールが社会的な刷り込みの産物ではないかと疑ったほうがいい、と。

「ふつう」は、ひとつではない

そもそも「ふつう」とは何でしょうか。

体温が36°C台なのは、世界中どこでも「ふつう」です。物理の世界の正常値は、国境を越えても変わりません。ところが、情報の世界、つまり文化やルールの世界では、事情がまったく違います。

麺をすする音は、日本ではふつうでも、多くの国ではマナー違反です。初対面の挨拶が握手の文化もあれば、お辞儀の文化もあります。校則も、制服も、「高校を出たら進学がふつう」という感覚も、時代と場所が変われば、まるで違うものになります。情報空間の「ふつう」は、ひとつではありません。せいぜい、その集団のローカルルールにすぎないのです。

では、あなたの中にある「ふつう」の基準は、誰が作ったのでしょうか。

もう答えられるはずです。第2回で見たとおり、あなたの見る世界のディレクターは「昨日までの自分」であり、その中身は、第5回で見たとおり、親や先生やメディアといった影響力の強い発信源から受け取った言葉でできています。人は「正しいことを言っているか」ではなく「影響力が強いか」で言葉を受け入れてしまう、というのが苫米地博士の指摘でした(『ビジネス成功脳スピード構築』)。

「ふつうはこうする」「みんなそうしている」

その「ふつう」や「みんな」の実体は、あなたがたまたま生まれ落ちた場所と時代の、ローカルルールの刷り込みです。従うこと自体が悪いのではありません。ただ、それを世界の唯一の正解だと思い込む必要は、どこにもないのです。

連載のふりかえり:刷り込みから、自分のゴールへ

ここで、全8回を一本の線でつないでみます。

  • 「将来の夢」の多くは、外からやってきた言葉でできている(第1回・ゴール)
  • 脳は、今の自分にとって重要なものしか見せてくれない(第2回・スコトマとRAS)
  • そして「いつもの自分」からズレると、強力に引き戻される(第3回・ホメオスタシスとコンフォートゾーン)
  • やる気が出ないのは、その仕組みが回避の方向に働いているだけ(第4回・クリエイティブ・アボイダンス)
  • その「いつもの自分」の設計図は言葉でできていて、書き換えられる(第5回・ブリーフシステムとセルフトーク)
  • 書き換えの鍵は、未来のゴールに対する自己評価(第6回・エフィカシー)
  • だから、すべての出発点として、自分のゴールを自分で決める(第7回・ゴール)

放っておくと、私たちは「他人の言葉で作られたふつうの自分」を、脳の全力をあげて維持し続けます。

コーチングとは、この同じ仕組み(スコトマや、ホメオスタシスや、セルフトークなど)を、自分で選んだゴールの側に働かせる技術です。仕組みは何ひとつ変わりません。向かう先が、他人の「ふつう」から、自分のゴールに変わるだけです。

ゴールを持つことは、最強の防御でもある

最後に、ゴールを持つことのもうひとつの意味をお話しします。

苫米地博士は、本人以外の第三者の利益のために意図的な情報操作を加えることを「洗脳」と定義しています(『現代洗脳のカラクリ』)。ずいぶん物騒な言葉ですが、苫米地博士がこの言葉で指しているのは、カルト宗教のような特殊な世界の話だけではありません。不安を煽って何かを買わせる広告も、「これが重要だ」と繰り返し刷り込んでくるマスメディアも、程度の差はあっても同じ構造を持っています。SNSを開けば、あなたの重要度を外から書き換えようとする情報が、毎日流れ込んできます。

これに対する防御について、苫米地博士の答えは明快です。

自分のゴールさえあれば、洗脳情報の中から必要な情報を選り分け、活用することもできますし、実はこれこそが現実的な脱洗脳法なのです。すべての洗脳を一瞬にしてキャンセルすることができる反洗脳法。それがゴールを持つことなのです。
——苫米地英人『現代洗脳のカラクリ』

ゴールがあれば、流れ込んでくる情報を「自分のゴールに関係があるか」というフィルターで選別できます。ゴールを持つことは、夢の話であると同時に、情報の洪水の中で自分を保つための、極めて実用的な技術でもあるのです。

自由には、自分で選ぶ責任がついてくる

念のために付け加えると、「ふつうじゃなくていい」は「何でもあり」という意味ではありません。

他人の「ふつう」に従っていれば、結果がうまくいかなくても「みんなそうしていたから」と言えます。自分で選ぶことは、その言い訳を手放すことです。苫米地博士は釈迦の「自帰依自灯明」(自らを拠り所にせよ)という言葉を引きながら、自己評価もエフィカシーも自分で決めていくものだと述べています(『苫米地英人大全1 成功への思考法』)。

自分で選ぶ自由と、選んだ結果を自分で引き受けることは、ワンセットです。

その上で、苫米地博士はゴールの再設定(更新)を、こう位置づけています。

それは、自分で主体的にゴールを現状の外に設定し直すことです。裏を返せば、それは、過去の記憶に縛られた思考パターンを捨て去り、新たなブリーフシステムに基づく自我を生成していく営みなのです。
——苫米地英人『201冊目で私が一番伝えたかったこと』

過去に刷り込まれたパターンのまま生きるのではなく、自分でゴールを置き直す

苫米地博士はこれを、人間が自由意志を持ち得るほとんど唯一の方法だとまで言っています。進路希望調査の一枚から始まったこの連載の、これが終着点です。

おわりに

全8回、お読みいただきありがとうございました。本編はここでひと区切りですが、このあと番外編として、部活と勉強の関係、そして学び方の話を2本お届けします。

今日からできることを、2つだけ挙げておきます。ひとつは、自分のセルフトークに気づくこと(第5回)。もうひとつは、ぼんやりでいいので、現状の外に仮のゴールをひとつ置いてみること(第7回)。それだけで、脳の仕組みは動き始めます。

あなたの「ふつうじゃない」が、誰かの借り物ではない、あなた自身のゴールにつながっていきますように。

自分の人生を切り開くことができるのは、自分だけ。やりたいこと100%と自己責任で。