【連載】学生のためのコーチング入門 第3回 脳は「いつもの自分」を守る名人

苫米地式コーチング認定コーチの萩原崇です。

前回は、脳のフィルター機能であるRASと、その裏側にできる心理的盲点・スコトマの話をしました。私たちに見えている世界は、「昨日までの自分」が重要だと判断したものだけでできている、というのがポイントでした。

今回は、もうひとつの仕組みを扱います。「見えない」と並んで強力な、「変わろうとしても元に戻される」という仕組みです。

三日坊主は、意志が弱いからではない

新学期の初日に、勉強の計画を立てたことはないでしょうか。「今日から毎日、単語帳を30分」。初日はできます。2日目もなんとか。そして3日目あたりから、気がつくといつもの生活に戻っている。

多くの人はこれを「自分は意志が弱いから」と解釈します。そして自己嫌悪になり、次の学期にまた同じことを繰り返します。

しかし、苫米地英人博士の説明はまったく違います。

「変わりたい」と願い、「オレは変われる」といくら口で言っても、すでにできあがっているコンフォート・ゾーンからはずれないように、ホメオスタシスが思考と行動を制限する。人が変わろうとしても変われないのは、コンフォート・ゾーンとホメオスタシスが原因なのである。
——苫米地英人『苫米地英人大全1 成功への思考法』

意志の強さの問題ではなく、仕組みの問題だ、ということです。今回はこの2つのカタカナ語、ホメオスタシスとコンフォートゾーンを順番に見ていきます。

ホメオスタシス:体を一定に保つ働き

ホメオスタシスは、日本語では「恒常性維持機能」と訳されます。生き物が、体の状態を常に一定に保とうとする働きのことです。

暑い日には汗をかいて体温を下げ、寒い日には体を震わせて体温を上げる。走れば呼吸と心拍が速くなり、止まればひとりでに元のリズムへ戻っていく。あなたが意識しなくても、体温はいつも36度台に保たれています。

ここで大事な性質がひとつあります。ホメオスタシスは、変化の「良い・悪い」を判断しません。ただ、いつもの状態からズレたら戻す。それだけを、休みなく、強力にやり続けます。生き物が生きながらえるための、とてもよくできた装置です。

ここまでは、生物の授業でも出てくる話です。苫米地理論の要は、ここから先にあります。

人間の場合、この働きは「心」にも及ぶ

このホメオスタシスの空間が、物理空間から情報空間へと広がってきました。コンフォートゾーンは気温などの物理的空間だけだったのが、所得、会社、物の考え方を含めた情報空間へと広がったのです。
——苫米地英人『世界一簡単に目標がかなう 成功脳の作り方』

人間は脳、特に前頭前野が大きく進化した生き物です。その結果、体温を一定に保つのと同じ仕組みが、成績・人間関係・自分についての考え方といった「情報の世界」にまで働くようになった。これが苫米地博士の理論の土台にある考え方です。

博士がこのことを確信したきっかけとして、著書で紹介している場面があります。電車の中で、小説を読みながら涙を流し始めた女性を見かけたときのことです(『オーセンティック・コーチング』)。

考えてみると、不思議な光景です。彼女は自分が電車の中にいることをちゃんと知っています。目の前の物理的な現実には、悲しいことは何も起きていません。それでも、活字が作る物語の世界に体が反応して、実際に涙が出る。体の仕組みが、物理的な現実だけでなく、臨場感を持った情報の世界に対しても働いている証拠です。

映画で手に汗を握るのも、酸っぱい梅干しを想像すると口の中に唾が湧くのも、同じ現象です。脳にとっては現実世界と情報の世界に厳密な区別はなく、臨場感を感じたほうに反応するのです。

コンフォートゾーン:「いつもの自分」の範囲

では、心の世界でホメオスタシスが「保とう」とする基準点はどこにあるのでしょうか。それがコンフォートゾーンです。

コンフォートゾーンは単に場所ということではなく、意識の中にある居心地のいい場所のことです。
——苫米地英人『世界一簡単に目標がかなう 成功脳の作り方』

「自分はだいたいこのくらい」と無意識に感じている範囲、と言い換えてもいいと思います。温度を一定に保つサーモスタットの設定値のようなもので、そこからズレると、自動的に戻そうとする力が働きます。

学生に身近な例で言うと、テストの点数です。いつも60点前後を取っている人が、たまたま90点を取ったとします。嬉しいはずなのに、どこかで「今回はまぐれだ」「自分らしくない」という感覚が湧いてきます。そして次のテストで30点を取り、平均をいつもの60点に戻してしまう。苫米地博士が著書で繰り返し挙げている例です。

注目してほしいのは、90点という「良い方向のズレ」も戻されるという点です。ホメオスタシスは良し悪しを判断しません。宝くじの高額当選者が数年で全財産を使い果たしてしまう話も、同じ仕組みで説明されます。「大金がある自分」がコンフォートゾーンの外にあるため、無意識が「いつもの状態」まで戻してしまうのです。

コンフォートゾーンの外では、力が出ない

コンフォートゾーンには、もうひとつの顔があります。パフォーマンスの上限を決めている、という顔です。

クラス替えや席替えの直後、なんとなく落ち着かなかった経験はないでしょうか。慣れ親しんだクラスや席というコンフォートゾーンから外れたからだ、と博士はPX2の解説書で説明しています。そして、こう続きます。

コンフォート・ゾーンからはずれ、緊張状態になると、運動能力も下がり、IQも下がります。
——苫米地英人『夢をかなえるPX2完全マスター』

練習では上手に弾けるのに、本番のステージでは緊張して実力が出せないピアニスト。模試ではできるのに、入試本番の見慣れない教室では頭が回らない受験生。スポーツでホームチームがアウェイより強いのも、同じ構造です。「実力があるのに結果が出ない」場面の少なくない部分は、才能ではなく、コンフォートゾーンの外にいることで説明がつきます。

この仕組みは、敵ではない

ここまでを整理します。私たちには「いつもの自分」の範囲(コンフォートゾーン)があり、そこからズレると、良い方向のズレであっても引き戻す力(ホメオスタシス)が働く。三日坊主も、まぐれの90点が続かないことも、この仕組みの正常な動作です。

そうだとすると、「意志の力で頑張る」という作戦が分が悪い理由も見えてきます。相手は、体温を36度に保ち続けるのと同じ強さで、24時間働き続ける生命維持の仕組みです。意志力での正面対決には、まず勝てません。

でも、がっかりする必要はありません。ホメオスタシスは変化の良し悪しを判断しない、と言いました。ということは、もし「いつもの自分」の基準点そのものを動かすことができたら、同じ力が、今度は新しい状態を保つ方向——つまりゴールに向かう方向に働いてくれるはずです。敵に見えていたものが、そのまま最強の味方になる。この転換がコーチングの核心部分なのですが、詳しくは連載の後半でお話しします。

その前に、次回はこの仕組みが日常で見せる、もうひとつの顔を扱います。宿題を前にすると、やらないほうがいい理由を次々に思いついてしまう、あの現象です。「やる気が出ない」の正体を、脳の仕組みから見ていきます。

マインド(脳と心)は、一定の安定的な状態を保とうとしている